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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(う)80号 判決

弁護人の控訴趣意は昭和三十二年五月二十日付控訴趣意書並に昭和三十三年二月十八日付控訴趣意補足書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

原判示第一事実に関する論旨について、

被告人が昭和三十年十月二十四日頃、福井県坂井郡金津町指中に所在する上野敏夫方畠地に於て、同人の所有に係る菜種苗約六十本(価格約金十五円六十銭相当)を窃取したものであることは、原審第一回公判調書中被告人の其の旨の供述記載、其の他原判決挙示の証拠に依つて明白である。弁護人は「被告人と被害者上野敏夫とは六親等の親族であり、従つて被告人の前記の所為は、刑法第二百四十四条第一項の規定に依り、所謂告訴を待つて論ずべき罪に属するにも拘らず、記録上、斯る手続の履践された形跡を認め得ないから、本件公訴事実中窃盗の点については、すべからく公訴棄却の言渡を為すべきである。」旨主張するので、その当否を審案するに、原審並に当審に於て提出された各戸籍並に除籍謄抄本(一部は写本)の記載、原審第三回公判調書中証人上野つげの供述記載、当審証人尋問調書中証人見神行一、同見神一郎の各供述記載等を綜合すれば、被告人は見神重吉の孫にあたる見神俊一の養子であり、上野敏夫は見神重吉の五男にあたる尾前新吉の孫であつて、従つて、被告人と上野敏夫との間には、六親等の法定血族関係が存在することを認め得ない訳でなく、前記のような事実認定が許容される限り、被告人と上野敏夫との間の親族関係について、これと異る認定を下した原判決(理由末尾弁護人の主張に対する判示部分参照)は、その限度に於て事実を誤認したものと言わねばならないこと、まことに所論の通りであるけれども、しかしながら、他方、司法巡査釣部一郎作成昭和三十年十一月一日付実況見分調書の記載(記録第七八六丁以下)同人作成昭和三十年十一月十三日付捜査報告書の記載(記録第五二二丁以下)上野俊夫に対する司法警察員天谷英夫作成昭和三十年十一月二十一日付供述調書の記載(記録第三二三丁以下、なお、当審第三回公判調書参照)当審第三回公判廷に於ける証人釣部一郎、同天谷英夫の各証言などに徴すれば、(一)被害者上野敏夫は昭和三十年十一月一日頃金津警察署細呂木巡査駐在所勤務司法巡査釣部一郎に対し、叙上被害事実の申告をしたこと(二)上野敏夫は被告人の長男一郎の懇請に依り、同月十三日頃さきに申告した被害事実につき、捜査の中止を求むべく前記駐在所に出頭し、偶々釣部巡査が不在であつた為、其の妻女に面会し、同巡査に対する伝言を依頼して帰宅したこと、(三)上野敏夫は其の際釣部巡査の妻女に対し、捜査の一時的な中止方を申出たに過ぎず、事態が円満に解決したことを理由として、捜査の全面的な打切りを要望したものではなかつたこと、(四)上野敏夫は其の後放火事件の発生を見るに及び、同月二十一日頃司法警察員天谷英夫に対し「本件窃盗犯人が何人であつても、その処罰を求める。」旨ことさらに申立て、告訴を受理する権限を有する司法警察員に対し、被告人に向けられた自己の告訴の意思を、此処に明確に表示するに至つたこと、(五)上野敏夫の右(四)掲記の意思は、其の後取消されることなく現在に及んでいること等の諸事実を認め得べく、以上の事実に依れば、本件窃盗の公訴事実については、告訴調書の形式に依る書面は、必ずしも作成されなかつたけれども、被害者より適法な告訴の提起が為され、その意思表示は権限ある司法警察員に依つて受理されたものであり、他方、被害者は当初犯人の処罰を求むべきや否やについて若干躊躇したことがあるに止まり、前記のように、権限ある司法警察員に対し、一旦告訴権を行使した後、該権利を抛棄したような事実は全くなかつたことをいずれも看取することが出来る。本件公訴事実中窃盗の点は、所謂「親族相盗」に該当する場合として、刑法第二百四十四条第一項の規定に依り、告訴を待つて其の罪を論ずべきであること、まことに所論の通りであるけれど、既に判示したところに依つて明かであるように、該事実については適法な告訴が存在するのであつて、従つて、仮令原審に於てこの点に関し、所論のように公訴棄却の裁判をしなかつたとしても、原判決の法令適用は、結局に於て誤りがないことに帰着する。原判決は被告人と被害者との間に存在する親族関係の認定を誤つたものではあるが、その誤りは判決に影響がない。そうして見れば原審の事実認定並に法令適用に関する叙上の論旨は、その理由がないと言わざるを得ない。弁護人は「本件菜種苗は殆ど財産的価値のないものであり、これを窃取した被告人の所為は、零細な反法行為として、犯罪を構成しないものである。」旨主張するけれども、しかしながら、原審第三回公判調書中証人上野つげ、同上野さだ子の各供述記載、原審第七回公判調書中証人高橋耕二の供述記載、証人堤甫に対する原審証人尋問調書中の供述記載、被告人に対する司法警察員作成昭和三十年十一月三十日付供述調書(記録第九一一丁以下)の記載を綜合すれば、被告人の窃取した菜種苗(約六十本)は、植栽の用に供するため育成中の、いずれも発育良好な苗であり、約十五円六十銭相当の財産的価値があるものであることを認め得べく、従つて、原判示被害物件は、刑法第二百三十五条に所謂「財物」として、法の保護に値すると考えられるから、論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 沢田哲夫 裁判官 辻三雄)

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